KOBAYASHI HIDEKI'S COLUMN 2020

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2020.11.15 マンション学63号(2019年4月)より

建築工学からの被災マンションの課題
-建物の被害判定と杭基礎の問題を中心に-

(掲載にあたって)
 被災マンションの被害判定について、「分かりにくい」「被害の実態にあっていない」との疑問をよく聞きます。そこで、判定方法を解説するとともに、現行の「建物の各部位の構成比を定めて合計が100%になる」という考えに無理があることを示しています。さらに、その解決として、建築コスト構成に準拠したルートBを追加し、現行ルートAと選択できるようにする判定方法を提案しました。
 また、従来はあまり重視されなかった杭基礎の被害に注目することの必要を示します。

はじめに

 東日本・熊本と相次ぐ大震災を踏まえて、マンションの防災・復旧の課題が浮きぼりになっている。それらのうち、建築工学に関わる課題として、建物の被害判定と杭基礎の問題について考察してみたい。なお、筆者は建築構造工学が専門ではない。このため、本稿は、以前在籍した建築研究所、及び千葉大学の専門家から得た知識を参考にしつつ、俯瞰的に考察したものである。建築構造工学に基づくマンション被害と復旧については、マンション学59号で古賀一八(2018)注1)が分かりやすく紹介している。参照していただければ幸いである。

1.建物被害には4つの判定方法がある

 建物の地震被害の判定には、大きく4つの種類がある。応急危険度判定、罹災証明の判定、地震保険の判定、日本建築防災協会発行の被災度区分判定である。
 これら4つの判定は目的と方法が異なるため、同じ建物であっても全壊と小破に分かれるなど一般にはわかりにくい。また、木造一戸建とマンションでは判定方法が異なる。そこで、まず、マンションで一般的な鉄筋コンクリート構造を対象として、4つの判定方法を整理しておこう(藤野雅子2018掲載の一覧表をあわせて参照されたい)注2)。

(1)被災度区分判定-すべての判定の基礎

 耐震性能の残存率(被災前に比べて被災後にどの程度の耐震性を残しているか)に基づく被害判定であり、建物の復旧方針の目安になる。倒壊・大破(残存率60%未満)・中破(60%以上)・小破(80%以上)・軽微(95%以上)が用いられる。大地震時に小破程度であれば応急復旧による補修で使用可能であるが、中破以上になると、耐震性を回復する補強等を行うまでは使用停止が必要とされる。なお、震度5弱程度でも小破となると、もとの建物の耐震性に問題があると推定されるため、使用停止の必要性が高まる。このように震度と被災度を組み合わせて、復旧方針の目安を提示している点が特徴である。

(2)この判定基準を本稿では建防協基準と呼ぶ

 被災度区分判定の基準は、日本建築防災協会が専門委員会を設置して検討しており、1991年の公刊に始まり、以後、相次ぐ大震災の経験を踏まえて改訂され現在に至っている(以下、「建防協基準」と呼ぶ)。その原型は、1978年の宮城県沖地震の被害調査を踏まえて、1980年に日本建築学会が提唱した区分判定である。その後、1981年に始まる建設省総合技術開発プロジェクト(建築研究所担当)で研究が進められ、1985年頃に判定方法が開発された。それを使いやすいように工夫した普及版が「建防協基準」である。つまり、国監修のもとに建築学者が科学的かつ地震被害調査に基づいて示すもので、すべての被害判定の基礎になっている。
 注意したいことは、建物の耐震性能を判定するため、耐震要素ではない非構造壁や設備等の被害は勘案しない点にある。その理由は、これら部位の復旧は、技術的には比較的容易とされるためである。ただし、あくまで技術的な容易さであって、復旧費用の高低や負担が可能かどうかは別問題であることに留意したい。

(3)罹災証明の被害認定-各種支援制度の基礎

 自治体が発行する罹災証明の認定であり、被災者生活再建支援制度による「支援金」の額をはじめ、様々な支援制度の基礎になるため重要な判定となっている。さらに、被災マンション法における敷地売却決議の要件として、大規模半壊以上が求められる。
 罹災証明の判定基準は、一見して倒壊・全壊以外は建物の損害割合に基づいており、全壊(50%以上)・大規模半壊(40%以上)・半壊(20%以上)・一部損壊(20%未満)の区分がある。内閣府が認定指針を示しており、おもに自治体職員が認定する。住家としての損害割合を判定する趣旨から、住機能の維持に必要な非構造壁や設備等を含めている点が特徴である。
 外観目視による第一次調査と、それに不服の場合に行われる内部立入による第二次調査がある。また、マンション一棟の被害認定を各戸に適用するが、各戸で被害が大きく異なる場合は個別に判定することとしている。

(4)地震保険の損害認定

 地震保険は、主要構造部の損害額に基づくとしており、全損(時価の50%以上)、半損(20%以上)、一部損(3%以上)に区分する。2017年契約分から半損が二つに分けられ、大半損(40%以上)、小半損(20%以上)となっている。ただし、時価に対する損害額は曖昧なため、約款において被害認定基準を示しており、ほぼ①の建防協基準に準じて耐震性能を中心に判定する。このため、非構造壁や設備は算定外になる。判定に不服の場合は、二次、三次と調査が行われることがある。
 また、共用部分と専有部分の地震保険があるが、専有部分には主要構造部がないため、専有部分の被害認定がわかりにくいとの指摘がある。

(5)応急危険度判定

 余震等による二次被害を防止することを目的として、危険(赤)、要注意(黄色)、調査済(緑)を判定して張紙をするものである。おもに応急危険度判定士(講習を受けた建築士等)が2人一組で判定する。その目的から、短時間に多くの建物を外観目視で調査するため、簡易な方法をとっている。この判定方法は、前述した建防協基準の一部であったが、1998年に重要性を踏まえて独立したマニュアルとなり、現在に至っている。その経緯から、建防協基準に準拠し、それに落下危険物、転倒危険物、隣接建物の状況等を加味する点が特徴である。

2.誤解されやすい被害判定の対象となる建物部位

 これら4つの被害判定は、調査対象となる建物の部位が異なる。共通することは、建物の倒壊・圧壊の危険につながる主要な構造体の被害を中心にチェックすることである。一方、地震力等を負担しない非構造壁(雑壁とも呼ばれる)や設備(給排水・電気設備等)の被害については、壊れても危険度が低く、また修復可能な部位として、認定対象外とするか、または比重が小さい。厳密な定義は、以下の通りである。また、マンション全体は、原則として被害がもっとも大きい階で判定する。

(1)構造耐力上主要な部分-建防協基準と地震保険で採用

 建物の自重、積載荷重、地震力等を支える主要部分である。建築基準法施行令第一条第3号に定義されており、鉄筋コンクリート構造では、柱・梁・耐力壁・基礎、積載荷重を支える床版や屋根版が該当する(以下、「構造体」と呼ぶ)。建防協基準の対象であり、地震保険でも本定義を採用している。一方、非構造壁、設備等は含まれないため、しばしば判定を巡って問題になる。なお、地中にある基礎は対象になるが、調査が困難なため建物の傾きや沈下により被害を判定している。

(2)主要構造部-定義が異なるため注意

 建築基準法では、「壁、柱、床、はり、屋根又は階段」と定義されている(第2条1項5号)。建物の防火や避難に関わる部分であり、①と比べると、基礎が入っておらず、逆に、延焼防止に関わる住戸区画(非構造壁を含む)、さらに避難に関わる階段等が含まれる。
 注意することは、地震保険は、認定対象を「主要構造部」と呼んでいることである。しかし、実際には、約款で(1)の構造耐力上主要な部分と定義しており、混乱を招く一因となっている。

(3)住家として必要な部分-罹災証明で採用

 上記の二つに加えて、住宅としての機能を維持するために必要な部位を加えたものである。非構造壁と設備に加えて、窓などの建具、天井や内装等を含む。罹災証明で採用されている。

3.建物被害判定のどこに問題があったか

 以上の4つの判定のうち、とくに金銭給付に関わる罹災証明と地震保険を中心に、被害判定の問題が指摘されている。最初に、非構造壁の被害について、建築工学の認識と被災マンション住民の認識に違いがみられた問題をとりあげる。

(1)非構造壁は建築工学では「雑壁」になる

 マンションの壁には、耐力壁と非構造壁(地震力を負担しない壁)がある。柱や梁をもつ建物では、廊下やバルコニー側の壁は非構造壁であることが一般的である。
 このような非構造壁は、建築の耐震設計では「除外すべき要素」とされることが多い。つまり、しなやかに変形しつつ柱梁が地震に耐えるタイプの建物(ラーメン構造と呼ばれる)では、柱梁に非構造壁がくっつくとマイナスになる(その部分が固くなり、それ以外の柱梁等に応力が集中して壊れやすくなる)。このため、構造スリット(耐震スリットとも呼ばれる)を入れて、柱梁と非構造壁を切り離すことが求められる。つまり、非構造壁は、耐震上は余分な要素であり、「雑壁」と呼んできたことに違和感はなかった。
 なお、構造スリットの必要性は、1978年の宮城県沖地震において雑壁の悪影響が顕在化したことから認識され、いわゆる新耐震(1981年)以後は、構造設計者の判断により採用が増えていたとされる。

(2)構造スリットが不十分な新耐震第一世代

 しかし、筆者の経験及び見聞の範囲だが、新耐震であっても2000年頃までは構造スリットが無い、または不十分なマンションが多い。構造スリットの重要性が浸透したのは、阪神淡路大震災の被害調査以後だと理解している。実際、筆者が関わった1998年設計のマンションでも、工事の着工後に急遽、構造スリットをいれるための設計変更があった。
 前述した古賀一八(2018)は、地震被害の観点から、鉄筋コンクリート構造を5つの年代にわけて妥当性を確認している。その特徴は、新耐震以後を3つに区分することである。一つは、2000年までの新耐震設計法「第一世代」、以後が「第二世代」となる。そして、2010年頃以降は「第三世代」で、非構造壁の三方向にスリットを入れる方法が導入されている。
 以上の解説は大変参考になる。新耐震であっても2000年頃までの第一世代は、後述する杭被害に加えて、雑壁の悪影響を中心に相当の被害が生じる可能性があるといえる。

(3)「雑壁が壊れてよかった」という認識

 構造スリットが不十分な建物は、大地震時に被害を受けやすい。とくに雑壁は壊れやすく、その様子は居住者に衝撃を与える。しかし、逆にいえば、雑壁が破壊されたことで、構造体の被害を最小限に抑えたといえる。建築工学からみると、「雑壁が壊れてよかった。これで構造体の損傷を軽微にとどめた」という認識になる。
 加えて、雑壁の補修は技術的には比較的容易である。各種被害判定において、雑壁の被害は除外するか(建防協基準と地震保険)、あるいは勘案しても比重を軽くするのは(罹災証明)、このような理由からである。これは、設備の被害についても同様である。

(4)仙台市での全壊100棟の衝撃と雑壁被害の大きさ

 大震災では、雑壁に亀裂が生じる破壊が多数発生した(写真1・2)。「外壁のせん断破壊(崩落)は、それ自身でコンクリート塊の落下を伴い、開口部の損壊(玄関や窓サッシの開閉不能)が発生し避難できなくなる....住家の機能喪失となり、心理的不安と相まって、避難者が続出することになる。」(萩原孝次2011)注3)
 実際、住むという機能に着目すれば、雑壁や設備の損傷は重大である。このような住機能の喪失は、罹災証明では一部勘案されており、これら部位の被害を加味している。このことに加えて、東北では、膨大な数の住家の被害を前にして、復旧に向けて迅速な罹災証明の発行が求められた。これらの要因が重なり、罹災証明で全壊約100棟となったと考えられる。
 いずれにしても、以上の経緯を踏まえて「雑壁」と呼ぶことへの疑問が提起された。つまり、地震力を負担しないだけで住機能上は重要な部位である。「非構造壁」と呼ぶことが適切であるといえる。

 
 写真1・2 非構造壁の破壊(左:仙台 右:熊本)

(5)罹災証明における非構造壁の扱いを確認する

 罹災証明における非構造壁の扱いを確認しておこう。内閣府の判定指針をみると、第一次調査では、外観で柱梁が確認できる場合は柱の損傷により判定するとし、柱梁に60%を配分している(被害合計を100%としたときの配分割合)。
 さらに、第二次調査では、やはり構造体の被害を重視して60%を配分し、非構造壁の被害は最大で10%にととどめている。また、設備に15%、建具に5%、内部仕上げ・天井に10%となっている。つまり、柱や梁に被害がなければ、損害50%以上の「全壊」には至らない。
 この判定方法は東日本・熊本と変わっていないが、一般的には、非構造壁に大きな破壊があれば、柱や梁にも一定の損傷がみられる。この両者を総合的にチェックしつつ、さらに「非構造壁や外部建具の破壊と住む機能の喪失の関係」を勘案して、仙台市では全壊判定に至った例が多かったと推察される。

(6)熊本地震でのマンション被害のほうが大きい

 一方、熊本地震のマンション被害をみると、熊本市の罹災証明では全壊19棟、大規模半壊24棟である(友清依利子2018)注4)。つまり、仙台より罹災度が小さいようにみえる。しかし、東京カンテイが建築学会基準(建防協基準の原型。外観から耐震性の残存に着目する)により判定した結果では、熊本県で倒壊1棟、大破5棟、中破46棟(管理業協会調査では大破1棟,中破48棟)と大きな被害となっている。
 これに対して、宮城県の被害をみると、東京カンテイ調査では大破1棟、中破15棟であった(管理業協会調査では大破ゼロ、中破23棟)。つまり、熊本より被害は小さいのである。
 以上の結果は、次の二つを示唆する。①建物の耐震性の損傷(建築学会基準)からみると、熊本県のほうが宮城県より被害が大きい、②罹災証明と建築学会基準の乖離をみると、仙台市で大きく熊本市では小さいこと、である。

(7)熊本のほうが被害大をどう理解するか

 熊本の被害が大きいことを示すもう一つのデータが、マンションの公費解体の数である。仙台の5件に対して、熊本では11件が解体されている。その理由として、地震動の特性の影響があるようだが、筆者は、1978年宮城県沖地震を経験している影響が大きいと考える。つまり、宮城県の古いマンションは、その地震を乗り越えたか、あるいは耐震改修したものが多い。実際、宮城県では、旧耐震と新耐震で被害率に差異がみられないという事実がある。
 これに対して、熊本県では、旧耐震マンションの被害率が顕著に高い(旧耐震の中破以上44%に対し新耐震6%。管理業協会調査より)。また、公費解体11件の大部分(建設年代不詳を含み7件)は旧耐震である。このことを考慮すると、熊本の被害の大きさは、旧耐震マンションの被害によると考えられる。

(8)罹災証明と耐震性判定の関係について

 さて、二つ目の指摘である罹災証明と建築学会基準の判定結果が、仙台市では乖離が大きく、熊本市では比較的近い理由は何だろうか。
 これは、熊本の罹災証明では、内閣府の判定指針に従って丁寧に判定した結果と推察される。実際、全壊19棟のうち12棟は解体または解体予定である。仙台の全壊100棟が多すぎるのは事実だが、東北では膨大な数の被災住宅を前にして、限られた人手で迅速な判断が求められた。自治体の裁量がある程度反映するのは、やむを得ないといえる。

(9)罹災証明の判定方法の見直しが必要-建物の部位別に割合を定め、その合計100%とすることが矛盾を招いている

 とはいえ、今後は公平を期すために、罹災証明の判定方法の見直しが必要である。その鍵は、非構造壁や設備の被害割合を、実際の損害にあわせることである。
 建築コストの構成比をみると、柱梁等の構造体は3割程度にとどまり、残りの非構造材、設備、内装等が7割程度に達することが多い(共通仮設や諸経費は別途)。では、この割合を住家の被害割合とすべきだろうか。しかし、3割の構造体が破壊されて復旧困難になれば、残りの7割は灰燼に帰す。つまり、もともと両者は対等な関係ではない。
 では逆に、構造体が重要であるとして現行通り6割を配分すべきだろうか。そうすると、構造体の被害が小さい場合は、コスト構成7割を占める部位の被害を過小評価することになる。このことは、「被害合計100%として、構造体とそれ以外に比率を割りふる考え方」そのものに無理があることを示している。

(10)被害判定に二つの方法を設け選択する-ルートAは現行、ルートBはコスト構成に準拠

 この不合理を解決する一案は、構造体に比重をおく現行判定方法Aと、構造体の被害が小さい場合の判定方法B(建築費等の構成比に準拠)を設け、両者を選択することである。このような選択は、浸水被害について、構造体の被害ではなく床上浸水の深さで判定する方法が別途追加されたことを踏まえると、けっして飛躍した考えではないと考える。
 これにより、各種支援制度の分岐点である「半壊か否か」「大規模半壊か否か」について、被害実態に即した適確な判断が可能になるであろう。

(11)耐震性能における非構造材の重要さ

 以上のように、マンションにおいて非構造壁や設備の取り扱いが問題となる一方で、住宅以外では、天井落下による人的被害の発生が社会問題となった。これが契機となり、非構造材の耐震性能の重要さが認識されるようになった。これまで、構造耐力主要な部分を中心に検討してきた建築工学分野の変化として付記しておきたい。

4.地震保険における損害認定の問題

 地震保険は、被災マンションの復旧に大きな役割を果たした。このことは正当に評価すべきであろう。しかし、その損害認定は、保険の給付額を大きく左右するため度々問題となってきた。とくに、建物に傾きがなければ、柱・梁・耐震壁のみを調査対象としており、これが被害の実態とあっているかどうかが問われた。

(1)損害認定は一戸建住宅に比べて不利

 地震保険が契約対象とする「構造耐力上主要な部分」(構造体)について、一戸建住宅とマンションを比較してみよう。
 一戸建住宅では、壁量が構造耐力上求められるため、壁の多くは構造体になる。同様に、床組、小屋組、屋根板も認定対象である。一方、マンションでは、認定対象は、柱と梁、耐力壁のみである。また、床板は構造体のはずだが、損害調査から除外されている。その理由は、床板のみが被害を受ける例は稀なこと、そして、何よりも床板は仕上げに隠されて見えないことである。
 以上で明らかなように、一戸建住宅に比べると、マンションの被害調査の対象部位は明らかに少ない。このことは、とくに構造体の被害が小さい場合に、それ以外の非構造壁、外部建具、設備等の被害をめぐって、被災者の認識と保険査定がずれる要因となっている。

(2)もうひとつの不平等-共用設備の被害

 東日本大震災において、液状化により地盤や共用設備に大きな被害が生じた。しかし、地震保険の査定では、これらは構造体ではないため「被害なし」とされる。このことが、一戸建住宅に比べて不平等ではないか、として問題になった。
 マンションの共用設備(とくに共用配管)は、各世帯からみれば、一戸建住宅における公道に埋設された配管等に相当する。後者は公費負担で復旧される一方で、マンションでは自己負担であり、かつ地震保険でも補填されない。これは不平等ではないかという指摘である。
 しかも、マンションでは、前述したように設備や非構造材が建設費に占める割合は大きい。このため、構造体の被害が小さい場合、これら部位が損傷しても、地震保険はその被害を補填できない。これは、マンションにおいて、より顕著に表れる問題である。

(3)マンションの地震保険は見直しが必要

 以上の問題を踏まえて、以下を提言したい。

①建築基準法上の主要構造部を含むこと
 マンションの地震保険では、少なくとも建築基準法上の「主要構造部」を損害認定の対象に含めるべきである。これにより、非構造壁等に関する被害実態と保険査定が一致しやすくなる。さらに、一戸建住宅との不平等を是正しやすくなる。

②共用設備を対象とする保険タイプを創設する
 マンションの地震保険の中に、共用設備(共用配管、給排水設備、機械式駐車場、エレベーター等)の被害を対象とするオプションを新設すべきである。この場合の保険料は高くなるが、各マンションが加入するか否かを選択する。これにより、マンション特有の被害に対応することができる。

 以上の提言は、日本マンション学会の政策提言(2012)注5)において提起されており、その後、国主導で検討が行われた。しかし、マンションに関する見直しは残念ながら見送られた。全体としては、保険給付の抑制が必要との観点から、半損(従来は20%~50%未満)を2つに細分化する(40%で分ける)こと、及び一戸建住宅を中心に保険料をアップする改定が行われた。
 この改定について、仙台では損害認定が15~19%が多かったことを踏まえて、一部損こそ2区分すべとの批判が提起されている(萩原孝次2018)注6)。この指摘は正当であるが、損害区分の変更は一戸建住宅にも適用される。このため、上記①の判定対象部位の拡大によって20%以上を目指すことが、不平等是正の観点から説得力があるのではないかと考えている。

5.杭基礎被害の重大さの認識

 一連の大地震で注目されたことが、マンションの杭基礎の被害である。注目された理由は、ひとつは、非構造壁の被害と同じく、1981年の新耐震以降も多く発生していることである。もうひとつは、杭基礎の被害は、上部建物の被害が軽微であっても建物の解体につながり、その重大さが顕在化したことである。

(1)新耐震以後の建物でも杭被害が発生した

 東日本大震災及び熊本地震において、杭基礎が破損したマンションが多数報告されている。熊本では、少なくとも3棟において杭被害が原因と推定される建物の傾きが確認され、うち2棟が解体済み、1棟が解体に向けて調整中である。さらに、3棟のうち2棟は、新耐震の建物である。
なぜ、新耐震以降でも大きな杭被害が発生したのだろうか。その理由として、

 ①杭基礎の耐震設計の義務化は2001年以後であること(ただし稀な大地震に対する計算は現在でも任意)
 ②杭の耐震設計は実被害との対応が未確認で実用的な設計法としては確立していないこと
 ③地下部分の破壊により建物が崩壊した例が報告されていないため重要度が低いと考えられてきたこと

 が指摘されている(金子治・中井正一2015)注7)。なお、①の理由により2001年以後のマンションでは、杭被害がほとんどみられなかったことは朗報としたい。ただし、横浜で杭偽装・欠陥工事によってマンション建替えが発生したことは記憶に新しい。
 また、以上の指摘は、前述した古賀一八が2000年以降を新耐震設計「第二世代」と呼んで、それ以前と区別していることと一致している。参考になろう。

(2)杭基礎の復旧工事は可能か

 杭基礎が被害を受けたが上部建物の被害が軽微な場合は、杭の復旧工事が可能かどうかの判断が求められることになる。
 実は、この問いに答えるのは難しい。技術的には、建物をジャッキアップして、杭を修復するか、あるいは建物自重を利用して鋼管杭を圧入したり、建物周囲に杭を増打ちして地中梁を新設して支えたりする方法がある。つまり、技術的には可能である。
 しかし、建物が高層になるほど工事の難易度は高まる。費用も高額になると予想される。このため、技術的に可能だとしても、実際にできると即断することは難しい。筆者は、中層までは杭基礎の復旧例を確認しているが(写真3)注8)、高層建築において合理的費用で可能かどうかは不勉強で知識がない。工事会社からすれば、高層マンションの杭基礎の復旧工事を請負うことはリスクが大きく躊躇するのではないだろうか。このことが、建物の解体に至る例が多かった一因と考えられる。

杭基礎復旧の様子(文献8より)

(3)杭被害を過度に恐れないことも大切

 一方、杭被害については、前述したように「地下部分の破壊により建物が崩壊した例は報告されていない」との指摘も重要である。このため、杭被害があっても建物の傾きが軽微であれば、そのまま使い続けるという選択にも一理ある。
 とはいえ、筆者は専門外でこの言説の妥当性を判断できない。そこで、杭専門家との意見交換を紹介したい。それによると、杭は地盤特性等により不確実性が大きいため、荷重に余裕をみて建設した例が多いという。誤解を恐れずにいえば、杭の一部が支持力を失っていても、他の杭の支持力で建物は維持される可能性が高いという。
 例えば、仙台のSマンションでは、宮城県沖地震で杭が軽微な被害を受けたが、補修程度で使い続けたという。そして、2回目の東日本大震災で建物が傾いた。その間約30年にわたり支障が無かったわけである。もちろん、杭の補強工事が実施できれば望ましいのだが。

(4)杭基礎の耐震性を重視するべき

 最近、横浜で傾斜マンションが発覚し、全棟建替えするという衝撃があった。傾斜の原因としては、杭工事のデータ偽装と杭が支持層(地下の固い地盤)に到達していない欠陥工事が指摘されている。その欠陥を引き起こした理由は諸説あるが、それは専門家に委ねたい。
 ここでは、次のことを指摘しておきたい。それは、基礎杭の耐震設計をもっと重視すべきということである。一連の経験が示すことは、上部建物と比べると、杭基礎の復旧は難しい(あるいは費用が高額になる)ということである。ところが、それほど重要な部位でありながら、建築工事における比重は軽かった。工事費は安く、下請会社に任せきりも以前は多かった。しかも、耐震診断においても、基礎杭は対象外とされることが多い。
 今後は、杭基礎の重要さを踏まえて、その耐震設計及び耐震診断の方法を確立することが必要であると考える次第である。

おわりに

 本稿では、震災を踏まえて、建築工学に関わる課題を考察した。とくに、建物の被害判定のあり方は、マンション学として今後とも検討を続けたい課題である。
 また、筆者らは、被災に関連してマンションにおける区分所有関係の解消制度(多数決による建物解体・敷地売却・建物と敷地の一括売却)の研究に取り組んできた。これについては、マンション学56号、60号に発表している。参照していただければ幸いである。

<参考文献>
1)古賀一八「平成28年熊本地震被災マンションの復旧・復興の課題-被災マンションの実態~構造工学の立場から」マンション学59号、29~39頁、2018.2
2)藤野雅子「被災マンションが遭遇する『分からない』こと」マンション学59号、19~22頁、2018.2
3)萩原孝次「宮城県におけるマンション被災」マンション学40号、61~67頁、2011.10
4)友清依利子「熊本地震による被災マンションの概要」マンション学60号、4~9頁、2018.2
5)日本マンション学会「被災マンションの復旧・復興に向けた政策提言-東日本大震災を踏まえて-」2012.7。学会ホームページで公開。
6)萩原孝次「東日本大震災と熊本地震の現場からみる被災マンションの課題」マンション学59号、66~72頁、2018.2
7)金子治・中井正一「東日本大震災において被害を受けた杭基礎の耐震性の評価」日本建築学会構造系論文集695号、2014.1
8)千葉大学・戸田建設他「基礎ぐいの地震に対する安全対策の検討報告」2013.4